おばさんのひとり言

2児の母である私の日記と雑記。将来の夢は好きなことをぼやいて飯を食うこと

男は度胸、女は愛嬌?

そんな言葉を昔から耳にするが最近は違うらしい。

 

cancam.jp

 

こちらのサイトによると、草食系男子の増加に伴い、男に必要なのはやれ「決断力」だ、「優しさ」だ、「経済力」だと答えは様々。

女性に関しては「愛嬌」や「明るさ」、「笑顔」とやはり可愛らしさが必要だと思う人が多いらしい。

 

中には「母性」だの「スタイル」だの「控えめな態度」だの思わず「マジか」と口走りたくなるような回答もあったが、答えているのは女性らしいので、自分でそういった要素が必要だと思っているということだろう。

 

こんなことを男性に言われたら「私はお前の母親ではない」「見た目のこと言うなら自分の顔鏡で見てこい」と反論しかねない。

だから「控え目な態度」を求められるのだろうが・・・

 

中には女性も度胸が必要だ、と考える人もいるようだった。

私も常々、自分にはもっと度胸が必要だなと思っている。

 

私は全体的にヘタレだ。

虫もお化けも大嫌いだし、絶叫マシーンにも乗れない。

文句があっても言えないし(参照:私はクレーマーになれない - おばさんのひとり言)、それで優しいと勘違いされることもあるがそんなことはない。

 

ただ波風を立てず、悪目立ちをせず、できるだけ人に嫌われず生きて行きたいのだ。

 

これは恐らく小中学生の頃、人並みにイジメを受けたからだろう。

クルクル回るターゲットに当たった程度だが、やはり辛いものは辛かった。

今思えば自分も被害者である前は加害者の1人だったのだから自業自得だが。

 

最近は発言を発信できる場も増え、ツイッターなどでは「炎上」もよく目にする。

だから私は「ツイッターはゴミ箱」と聞いても極力発言には注意している。

自分が嫌いでも誰かが好きなものかもしれないから派手にディスらない、愚痴を見て不快になる人がいるといけないから楽しい話題を多く、ノロけはウザいだろうからあまり発信しない・・・

 

 

しかしこうも思う。

そんなに何に気を遣っているのかと。

私1人の発言にどこまで影響力があるのかと。

 

ブログだってそうだ。

面白いかどうかは別問題だが、自分の中のちょっとしたリミッターを外せることができれば内容の幅は広がるはず。

 

私が妊娠中に抱いたモヤっとした感情のことやとある芸能人に思うこと、容姿に関する持論や過去の恋愛話など、書きたいネタはそこそこに溜まっている。

 

私も三十路を過ぎた二児の母なので、あまりにも、あまりなことは言ったりしたりするつもりはない。

ただこんなに何かにビクビクしながら生きて行く必要もない気がするのだ。

 

男は度胸、女は愛嬌

 

私は・・・?

恐らくしっくりくるのは「妥協」だ。

 

しかし思いを文字にするにあたっては、そして子供を守るためには、もう少し度胸をつけていきたいと思う今日この頃なのである。

 

あぁ、そうして私も私の思うような「図太いおばさん」になっていくのだろうか…